宮崎信也と中沢新一のボンズ・ヴェール

なぜ、釈尊の仏教や密教のマンダラが

自然の調和に依拠しているのか?





今から三十年以上前、大学でインド仏教を学び始めてすぐに感じたのは「資本主義社会の中で仏教は可能か?」という根本的な疑問でした。仏教の開祖、ブッダ釈尊が説いた仏教の根本は自我への執着を捨て、欲望を少なくし、あるがままの世界を受け入れることだと、どんな教科書にも記されていました。バブルへ突き進みつつあった当時、経済成長こそ市場(至上)の原理であるとされた世の中で、あえて、仏教を説くことはナンセンスにさえ思えたのです。その疑問を素直に表明したのが中沢新一さんと夢枕獏さんとの鼎談集「ブッダの方舟」でした。


それから三十年以上、その明確な答えも見出せぬままにさまざまな場所で、仏教や密教を語りながら徳島市にある真言宗の寺院で住職を続けてきたわけですが、今ようやくその答えの方向性が見えてきたような気がしています。それは、釈尊や(真言宗の開祖である)空海を信仰するのではなく、釈尊や空海が信仰していたものを求め信仰するというスタンスです。これは日本仏教のいかなる宗派にも、そして、大学の仏教学の主流となるインド初期仏教や東南アジアの仏教教団にもあまりない視点かもしれません。しかし、その教えは師匠であり、残念ながら昨年遷化された宮坂宥勝博士(ああ、この称号が先生ほど似合う方を僕は知りません)の主著「仏教の起源」に指し示されていたものにほかなりません。


もちろん釈尊が幼いころ信仰していたのは仏教ではありませんし、空海が四国や紀伊半島の自然の山野を駆け巡っていたころには真言宗はありませんでした。
釈尊は、遠くインダス文明に源を持つヒマラヤ山麓で広く信仰されていた土着信仰の中で育ちましたし、空海は唯識思想を中心とした法相宗などを奈良で学ぶ一方、自然智宗とも呼ばれる日本列島に古くから伝わる山岳信仰と仏教のハイブリッドのような教えに従い修行していました。


そのようなアジアの豊かな自然の中で育まれたものが私たちの宗教心なのです。